母の努力
この頃の母(私が小3か小4)はよく紙に漢字やことわざを書いていた。
退院して戻ってきてしばらく経ってのことだろうか?
母は「お母さんバカになっちゃったから」と自分の頭の悪さを恥じていた。そして私に漢字やことわざを聞いてきた。
「はむぷたちゃんは頭いいから」
確かに漢字以外のテストの点はよかった
が、それは私を褒めていたのではなく、できない自分への言い訳。そして「お母さんこんなに勉強してるのよ」と、写経のように書かれた文字の羅列を見せられていた。
子供心に“なぜ大人なのに小学生で習う漢字やことわざがわからないのだろう?”と、どこか薄気味悪く感じていた。
普通は大人が子供に教えるものだよね?
そう思いつつも、私は常に聞かれる側だったので、母から何かを教わると言うことは一度もないまま大人になった。
そんなだから、母に何かを教えてもらうという発想自体がなかった。私は母を本気でバカだと思っていたし、そんな母が恥ずかしかった
母に起きていた事
今思い返してみると、もともと母は何らかの障害を抱えていたのだろう。当時は診断が下されることはなかったが、今だったら間違いなく診断名が貰えていたと思う。
物事を多角的に捉えることができない
相手の立場での思考ができない
衝動的で、思い込みが激しい
喋り出したら止められない。静止が効かない
感覚鈍麻、忘れっぽい。
現実と想像の区別が曖昧
2つのタスクを同時にこなせない
不器用
あげたらキリがない
母の弟である叔父が「姉さんは昔から変わっていた」と、葬式の時つぶやいていたっけ
そんな母が発作を起こし、2度の長期入院
ある時母から「妄想が激しくて、暴れたりしていて、とても子供に会える状況ではなかった」と、聞かされた
私が高校生になった頃だったろうか?
今だからこそ、母の心情が理解できないわけではない
けど、当時の私は知る由もない
学校でいじめられて帰っても、母に言ったら笑われて、頼られる。父は仕事をするだけで“問題を起こすな”圧が凄くて、当然相談できるわけもない
そもそも、父母両方の祖母から「お父さんもお母さんも子供みたいな人だから、はむぷたちゃんが、しっかりするのよ。」と、
呪いのように「はむぷたちゃんが面倒見てあげてね」と、
そう、小学生の私は言われていたのだから、家が居心地の良い場所であるはずがない
学校ではいじめに耐え、家ではバカにされないように気を張っていた